神道の神と妙見神

神道の神と妙見神との関係について考えたり、経験したりしたことを書いてみます。

妙見系の寺社を数社参拝

令和4年(2022年)1月から2月にかけて、能勢妙見東京別院、法華経寺、千葉神社と妙見さん系の寺社を続けて参拝しています。法華経寺は妙見さん主体のお寺ではないですが、妙見さんゆかりの日蓮さんのお寺です。

神社によって性質は異なる

神社でもお寺でも祀られているご祭神により、波動の違いがあります。特に神社では多様な神さまが祀られていますので波動もまちまちです。例えば、すがすがしい系(清らか系、きりっとした系含み、場合によってはやさしい系、おごそか系の性質も帯びる)、ずっしり系(場合によってはおごそか系の性質も帯びる)など。妙見神さんはどちらかといえば、ずっしり系でしょう。神道系の神社でもいろいろありますが、すがすがしい系が多いと思います。
お寺の仏神でも、一般的な観音さん、薬師さん、不動明王さんなどは慈愛や教化の雰囲気ですが、お寺の妙見神さんとはだいぶ違うことが多いです。

能勢妙見東京別院参拝後の違和感と疑問

最初、能勢妙見東京別院を参拝したあとに少し違和感を感じました。違和感とは、なんとなく妙見さんの波動が体に付着している感覚です。それで数日後に神道の神社を参拝したくなり、お気に入りのすがすがしい系の神社を参拝しています。違和感はとりあえず解消したのですが、その体験から神道と妙見信仰は両立しないのではないかという疑問が生じました。

妙見さんと神道の波動は相反する

疑問を検証するため、さらに法華経寺、千葉神社と回ってみました。最後の千葉神社を参拝して、妙見さんと神道とは相反する波動だということがわかりました。妙見神さんへの信仰やその波動は神道神への信仰やその波動に干渉すると思います。

妙見さんがよくないということではないです。自然神、神道系の波動を持ってていると、妙見神さんを参拝するのは難しいということです。妙見神さんを奉じるなら妙見さんの波動に染まり、妙見さん中心の信仰スタイルになると思います。

わたし自身は山岳神さんや自然神霊さんの波動とすがすがしい平地神社の波動は一番しっくりくる波動です。自然神霊とは、龍神さん、天狗神さん、大口真神さん、樹木神さんなどです。

千葉神社参拝後、違和感が強まる

千葉神社参拝後、そのまま帰宅しようとしたのですが、帰路電車の中でどうしても別の神社を参拝したくなりました。この時、妙見さんの波動が付着した感覚があり、耐え切れなくなっていました。なので、途中下車して検見川神社に寄りました。
検見川神社はすがすがしい波動で、すごく気持ちよかったです。だいぶ自分のベースの波動が回復した感じがしたので帰宅しました。ただ完全には回復していないと感じていました。

霊的な夢

千葉神社を参拝した日の就寝後、不思議な夢を見ました。夢の中でわたしは刀剣をもっていました。まるで侍のような装束で、霊的なものに対抗する武装をしていました。理由は覚えてないですが、なぜか体をぐっと小さくミニチュア化していました。

武装準備が整うと、夢の中で「得体の知れない霊体」がどんどんやって来ました。最初のうちは自分より小型の霊体が多かったので刀で退けていました。しかししばらくすると、自分の1.5倍くらい大きな霊体が現われました。糸状の霊糸がもやもや~っとまとまってできた円形の霊体で中心にコアのようなものがありました。「あっ、これには対抗できないかもしれない」と直感し、逃げ回っていました。しばらく逃げていると、逃げ方がひらめきました。「そうだ、平面的に逃げないで上方に逃げればよい」と思いつき、空間の上部に飛翔し、柱に隠れて浮遊することで逃げ切ることができました。

追いかけられた霊的なものの正体は不明です。もしつかまっていたら取り込まれていたかもしれません。逃げれたのでまずはよかったと思います。

熊手を使って瞑想

千葉神社のあと検見川神社に参拝しても、翌日以降、妙見さんの波動が残ってたので、対策を考えました。一番よいのが、高波動の神社に参拝することですが、時間がなかったので、神社の授与品を使うことを思いつきました。1月に武蔵御嶽神社奥之院に登って山岳神さんの波動を入れてもらった熊手があったので、手に取ると極めて高波動でとても気持ちがよかったです。お札と違い熊手は手に持ちやすいです。熊手をもち30分ほど瞑想をしたところ、とてもよい瞑想ができて、これで8~9割方自分の波動が回復したように思いました。
さらに数日後、神社に参拝したり、瞑想で高波動を得て、ほぼ本来の自分の波動にほぼ戻ることができました。瞑想で高波動を得るというのは、瞑想の高波動の世界の中に自らの観念体が入っていくことで高波動に浸すことができます。ただある程度時間をかけて瞑想をする必要があるかもしれません。

神社の授与品で瞑想

ちょっと違う話になりますが、熊手での瞑想体験にヒントを得て、瞑想をするとき、神社の高波動を帯びた授与品を身に付けて瞑想するとよい瞑想ができるのではないかと思いました。例えばお守など。授与品の新たな活用方法として今度試してみたいと思います。また、山岳神社にいったときなどはチャンスなので、今度お守りをいただきたいと思っています。

神道と仏神は両立可能

今までの経験から、神道と一般的な仏神は両立可能だと思います。一般的な仏神とは観音さん、薬師さん、阿弥陀如来さん、不動明王さん、弁天さんなどです。一般的な仏神を参拝して違和感を感じたことは概ねありません。

この記事はこれで終わりです。個人的な感想になります。人によって感じ方は違うと思います。霊的な世界はいろいろと難しいなと思いました。