雄大な九重連山登拝4 特殊な景観の北千里浜を通り、元霊場の法華院温泉に泊まった

九重山登山(登拝)の続きです。前回までの投稿で、扇ヶ鼻、星生山、久住山、天狗ヶ城、中岳、御池まで書いたので、登山行程は終わりました。あとはお宿の法華院温泉を目指す下り主体のコースです。

中岳から法華院温泉へは、御池、久住分かれ付近、諏峨守越下、北千里浜経由で行きましたが、後から調べたところ、中岳を越えた稲星山の中間点辺りから直接法華院温泉近くに至る点線のルートがあるのを発見しました。このルートはYAMAPの地図に載っていました。点線だけに道がわかりにくい、荒れている等の事情があるようですが、事前にわかっていれば調査、検討の余地がありました。道がわかりにくい等は、今日ではGPSアプリがあれば何とかなるような気がします。
ルート検討は、国土地理院ベースのヤマケイオンラインの地図を見ていたのですが、他の情報参照もするべきでした。何事でもそうですが、一つのソースだとその範囲の情報にとどまってしまいます。

久住分かれ~諏峨守越下、北千里浜(北千里ヶ浜)

久住分かれから諏峨守越下(すがもり越下)へは、九重としては比較的下り勾配が長く、ゴロ石が転がる登山路なので、もし上りで通るときつそうです。コースタイムは下りが40分に対し、上りは50分になっていました。参考として、下り勾配(逆に言えば上り勾配)は、星生山から久住分かれへの下りもそこそこ急でした。
諏峨守越下は、地形的に北千里浜の中に位置するようでした。

久住分かれ~の登山路

三俣山、北千里浜方面の眺望

恐山を思い起こすような、賽の河原っぽい雰囲気の場がありそうです。
久住分かれ~諏峨守越下に下るルートは、途中から北千里浜にさしかかっていたと思います。

荒野のような北千里浜(北千里ヶ浜)

北千里浜では、過去遭難があったそうです。聞いた話では、大学生のパーティーが濃霧で方向がわからなくなり、目印が少なく広い北千里浜でぐるぐると道迷いをし遭難され、その教訓からケルンがたくさん作られたそうです。ネットで調べてみると昭和37年(1962年)の元旦には猛吹雪にあった7名が遭難死されたそうです。慰霊碑が北千里浜にあるようです。

この北千里浜を通過した時間帯は15時頃で、まだ日が高くてよかったです。なぜかというと、久住山の賑わいと比べ通る人が少なくて、もっと陽が落ちるともしかしたら寂しいと感じるかもしれないからです。地獄や地獄谷のような(*1)、賽の河原のような、荒野のような、火山のような少しずついろいろな要素のある風景は、千里浜というくらい広くて、奥地感や美しい山岳の眺望もあり他所ではなかなか見られない景観でした。
(*1)ここで言う地獄とは、火山・温泉地帯によくある地獄という意味です。

まるっきり過疎ってるのでもなく、数人と、法華院温泉に近づいた辺りも含めると多人数のパーティともすれ違ったりしました。広い平原ですので、コースを少し外れて歩いたりでき、その場合、すれ違う人ともだいぶ距離を取ることもできます。霧が出た日は念のため登山コース以外を歩くのは止めたほうがよさそうです。

北千里浜の徒歩は、諏峨守越下の手前からも含めてコースタイムではおおよそ30分以上の距離はあったと思いますが、その間、自然真っ只中の状況で大変楽しく歩くことができました。気候も穏やかでした。

ところで北千里浜という名前を聞いて、広い草原でもあるのかと想像していたら、まったく違いました。草原は、草千里ヶ浜のイメージの間違いでした。北千里浜というからには、他の千里浜があるのかと思い調べたら、西千里浜、東千里浜が見つかりました。西千里浜は星生山の前、東千里浜は稲星山の前あたりのようです。南千里浜は見つかりませんでした。

北千里浜と三俣山

北千里浜

この辺はまだ北千里浜の端付近だと思います。お寺の中宮跡というのが北千里浜にあるそうです。中宮跡はこの近くなのだろうと推測していますが、昔は一種の霊場だったということでしょう。今も独特の雰囲気が漂います。死者の霊を弔っていたのでしょうか。
中宮跡の他に上宮跡というのもあり、池の小屋の近くだそうです。中岳山頂に近い賽の河原と表現する情報がネットにありましたが、つまり池ノ小屋近くは賽の河原だということなのかもしれません。
くじゅう山には過去、九重山法華院白水寺と、久住山には久住山猪鹿寺というお寺がありました。


上の写真のような荒涼とした感じの風景があり、一種の地獄谷のような場所を通過しました。すぐ近くに活火山である硫黄山があることからだと思います。


上の写真は、振り返って撮ったものだったと思います。硫黄山方面の写真です。川ができていました。


諏峨守越え(すがもり越え)、法華院温泉方面方面の分岐です。諏峨守越え方向は結構な登りが見えました。諏峨守越えを行くと、三俣山の登山口や九重登山口(長者原方面)に向かえます。

北千里浜

こうして見ると、北千里浜というだけあって、砂浜地帯っぽい部分があります。サボテンでも生えてたらアメリカ西部です。

北千里浜

上の写真も振り返って星生山方面を撮ったものだったと思います。存在感のある山だなと思いました。

法華院温泉方面への下り

北千里浜が終わるくらいの場所では、岩だらけの下りになりました。大きな岩がごろごろしており、この風景もすごいです。地球のパワー(火山のパワー)の威力を感じます。前方の山は大船山方面です。

山道

岩だらけの道が終わると普通っぽい山道になりました。写真はないですが、砂防ダムがたくさんありました。

山道を流れる川

途中、ちょっとした水流が山道を氾濫していました。

湧き水

かなりの強さの水流の清水でした。暑かったので手や顔を洗ったりしました。気持ちよかったし、水もいただきました。終点の法華院温泉も近くなってきたので、トイレも余り気にせず水もごくっと飲みました。おいしかったです。今回、途中、久住分かれにトイレがあったのでよかったです。

この後、無事法華院温泉に泊まって翌早朝に天池越えで長者原の九重登山口に下山しました。

法華院温泉

法華院温泉には16時前に到着しました。ちょっと早く着きすぎた感もあり、18時の夕食まで時間を持て余しました。音楽をを聴いたり、うつらうつらと半瞑想で時間をつぶしました。山中の宿で聴く音楽は格別で、ピアノの音が体にしみ入るようでした。よくのどがかわいた時に水分を摂ると体にしみこむような感じがしますが、音楽でもそうなるということを体験しました。個室でしたが部屋の壁は薄そうだったので、ボリュームを落として聴きました。部屋にコンセントがついていたので、スマホの電池を気にすることなく聴けました。
コーヒーが飲みたくなり、(普段缶コーヒーはほぼ飲まないのですが、)この日は缶コーヒーブラックが抜群においしくて3缶購入、翌朝までで飲み干しました。山荘で購入したドリンクに限り、空き缶、PETは残していけます。缶コーヒーはキャップが付いたタイプで200円でした。カフェインは肩や首の筋肉のこりや神経をリラックスさせるように感じます。
売店にはお菓子やおつまみ、アルコールなど物資が豊富にありました。ソフトドリンクは自販機で購入します。宿の人だけは、自動車で乗り入れできるようです。
お宿のトイレは水洗でにおいも少なくきれいで助かりました。お宿の部屋の構成は、個室は約20でほぼ満室、個室の内特別室が4室です。食堂の入りからすると個室のお客さんだけでも収容力があり、繁盛している風に感じました。共同部屋を見学しましたが広々した中、この日は数人の宿泊で余裕のようでした。

法華院温泉山荘の食事

夕食は、定番のおでんなどおかずもそれなりに豊富、味噌汁とごはんがついていて温かいお茶が飲めました。朝食は弁当に変更してもらい翌朝5時に食べました。

法華院温泉のお風呂

夕食後、温泉に入りました。名物の温泉はお湯の中にごみや垢がいっぱい浮いているのかと思ったら、浮遊物は湯の花だそうです。ずっと昔、長者原温泉に入ったことを思い出しました。その時も、同じように湯の中に垢のようなものがたくさん浮いていて余りよい気持ちがしなかったのですが、長年の誤解が解けました。それでも頭にそのお湯をかけるのは抵抗があったので、冷たい水を顔にかけました。この日が暑かったからよいですが、もう少し寒くなるとこの方法は厳しいです。打たせ湯のようなものがあればよかったのですが・・・。夕方だったのでお風呂にはそれなりに人がいました。翌早朝も入り、その時は湯舟を1人じめできました。源泉掛け流しで一晩経過した湯舟でも浮遊物の量は変わらずだったので、湯の華説は正しいだろうと思います。掛け流しで注がれているお湯を洗面器ですくい、源泉には湯の華は浮いていないので沈殿か、空気との酸化化合物ができるのではと推測しました。法華院温泉の船室は、カルシウム・マグネシウム・ナトリウム 硫酸塩泉とのことです。山荘の人気商品として温泉の素が売られているそうです。

湯の華について参考リンク先:温泉沈殿物(コトバンク)

法華院温泉山荘は元霊場

「鎌倉時代を開基とする九重山法華院白水寺として栄え、天台宗の一大霊場だった(法華院山荘のWebページより)」とのことです。十一面観音と不動明王と毘沙門天が現存するそうで、法華院山荘の中を歩いていた時に、案内表示を発見しましたが、お参りはしませんでした。次に機会ありましたら参拝してみたいです。

法華院温泉山荘の写真

法華院温泉の個室

部屋の設備を利用して濡れたタオルを干せました。気候的にそれほど乾きませんでした。入浴用タオルと濡れタオルを入れるポリ袋の準備は必須です。枕カバーは使用ごとに洗濯されているようで、枕カバーに敷くタオルの準備までは不要でした。

法華院温泉山荘(早朝)

翌朝起きてみると、雨音がしてびっくり。前日よい天気で、天気予報的にもよかったはずですが、いつの間にか天候が変わったようです。傘は持って来てなかったので、レインウェア上下を着て出発しましたが、霧雨にすぐ変わり大した雨ではありませんでした。

坊がつる

坊がつる(早朝)と霧

雨ヶ池越~長者原

雨ヶ池越

ずっと以前に雨ヶ池越を通った時の経験から、雨ヶ池越はぬかるみ道のイメージができていたのですが、この日は降り始めだったせいか、大してぬかるんでなくて助かりました。ゆるい所を歩かないよう気をつけて歩いたので登山靴は余り汚れませんでした。雨で道がびちゃびちゃでぬかるんでいることをしゅるい/しるいとも言います。

Wikipedia近畿方言より。
しるい・しゅるい【汁い】 – 水気が多く、湿っている様。「じるい」や「じゅるい」とも(「じゅくじゅく」などからの類推か)。安永5年『世間仲人気質』に、京都で「しるい」と言うのを大和・河内では「じるい」と言い、そのことを京都人はおかしがるとの記述がある[78]。 (例)雨で道がじゅるいなあ。

長者原に近づいた写真

霧の長者原

こんな天気が悪い日の早朝でも、数人の登山者とすれ違いました。世間は広い、好きな人がいるものです。

以上で、九重山の登拝記、登山記は終わりです。

九重連山(くじゅう連山)登山体験談のまとめ

九重山の山々は比較的おだやかな登山コースが多くて登りやすかったです。九重山の特徴のイメージをひと言で言えば、「坊主」でしょうか。火山岩、火山灰でできた土壌であるためか樹林帯が少なく、原っぱが広がっています。(大船山は樹林がありそうですが、登っていません。)阿蘇の方も草原や火山系の土壌広がっていますし、火山主体の九州の山の特徴なのでしょうか。
樹林帯が少ない山は眺望がよく、広域の雄大な火山特有の風景、広大な湿原、秘湯などの魅力があります。たくさんの山群だけに霊山もあるだろうと推測していたのですが、その通りで星生山のような霊山がありました。
九重山の見所は、今回登山した山々以外にもたくさんありそうですので、今後また訪れる機会もありそうです。

九重山の登山時、慢性的な症状で足を痛めていたので、悪化するのを恐れましたが、逆にかなり良化しました。これも霊山効果でしょうか。沓掛山では安全祈願をして入山したのですが、無事楽しく登山・登拝を経験でき有難かったです。

登山時の服装ですが、10月初旬で、登山シャツですみました。夜は冷えるのでソフトシェルのような軽いアウターが必要でした。雨天時は登山シャツの上にレインウェアを着ました。足を痛めていたので登山靴のインソールを変えてみたところ、底が固めでぴったりフィットして歩きやすかったです。品名は忘れましたが、値段からするとミズノのアーチハンモックインソール(ウォーキングハードタイプ)であっただろうと思います。


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